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2010年9月15日 (水)

きんずる行事

午後から雨が降りだしたせいか急に肌寒くなった。数日前までの猛暑日がまるで嘘のように静かにゆっくりと流れる時間を過ごしている。ようやく秋に近づいたか。

2010

午後からパソコンの前に座り込みくだらない日記を読み返しているが、自身の変化というか成長が見当たらない。
このごろ知人から「ずいぶんと老いたな」と、ひと言ふた事つぶやきがあったことへ、そこだけは成長したのかとホッとしたり、愕然としてみたり‥。

Photo

それを表沙汰にしてくれるかのように筋肉質だっだ身体が今ではダルマのようになってしまっている。たった二年の月日で、こうも変わるものなのかと思いながらも日々、脂肪だけは更新中。 なんとかせねば‥


アルコールは十日ほど断っている。無意味なことだろうが多少気にしている焦りである。
幸いにも手の震えなどの禁断症状までは無いにしろ、酒を抜いたところで依存していたということを実感したりもする。単純に夜になると呑みたくなるというのではなく、心にぽっかりと大きな穴が開いたような気分である。何となく一日のすべてが酒を呑むことを前提にしただけの行動だったのか。生ビールをグィっ~と飲み干して、これのために頑張った。日中むなしく過ごしても夜の晩酌でつじつまを合わせたりする。今のところその程度で済んではいる。

なにも長寿をまっとうしようとは思ってもないが我が家には食い盛りなオマケ軍団もいる。まだまだぶっ倒れるわけにはいかない。これを機会に少しばかり体調に気をつけなければ‥

9
(メスのスパイクとオカマになったばかりのモンちん)

タバコも禁煙をはじめて四ヶ月が過ぎた。ある朝、体調が悪かったせいかタバコが不味く感じた、それからのことである。吸わなくなったことで時間にゆとりが出来るとは聞いていたが、暇人の場合はもっと暇になってしまったようだ。まあ、禁煙と言っても周りでいうほどではない。以前に二回(半年~2年間ほど)の禁煙をしたことがある。
「絶対に吸わない、吸えない」という観念がストレスとなってしまい周りや自身をキズつけてしまった経験があるわけで、今は無理をしない程度にしている。そんな言い訳じみた言い訳を含めた禁煙である。
どうしても吸いたい時は我慢せず吸ってやる。今のところ四ヶ月で10本程度吸っただろう。禁煙とは言い切れないが減っただけでもいい。何でも絶対と決め付けてしまうと必ず後から反動する。だからヤワヤワでいい、環境に優しく自分に甘くなのだろうか。

ニコチンで思い出したが本日うちの紋次郎(仔猫)が二個チンをとって帰宅した。今夜はオカマ記念日を祝う予定でいる。
可哀相な気もしたが、これはするべき行事であると思っている。毎朝、羨ましいくらいキンキンだった紋次郎のトマホークミサイルともお別れした。その辺のことに気付いているのかどうなのか分からないが、一晩病院でとまったことの方が堪えたような感じがした。ある日突然と捨てられたことを経験したものは、また人間の都合によって捨てられたと思ってもおかしくない。朝一番に病院に迎えに行った時、紋次郎の目つきと態度を見て、そう実感した。ほかの猫と思えるほど野生本能をむき出しにした紋次郞がそこに居たわけだ。
家に帰って始めて安心したのだろう。今は膝上で安心した顔で眠りについている。ただ時たまブルブルと震えたりする状態ではあるが‥。
紋次郎も二個ちん切れだな。


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紋次郎

半年前、数匹の仔猫が身勝手な人間の犠牲となり、倉庫の片隅に捨てられた。それらの仔猫達は幸いにも引き取り手があり順に拾われていった。しかし、この八割れの紋次郎だけはシッポが折れ曲がっていることもあり醜いと思われたのか、いつになっても引き取り手が現れなかった。運がよかったのは保健所に連れて行かれる前にボランティアの方が引き取ってくれたことだった。だが、紋次郎にとって人間に捨てられたという記憶は小さな心に深く刻まれてしまった。私が紋次郎と出会ったのは6月も半ばのどしゃ降り雨の日であった。もともと犬好きの私は猫には何の興味もなかったわけだが、彼をひと目みた瞬間、ここに移住させようと強く思った。それがどうしてなのか今もわからない。ひとつばかり理屈をこねてみれば、ここで引き取らなければ、たぶん貰い手は現れなかったろうという思いだったのかもしれないし、自分の人生と何かが重なったからなのかもしれない。ただ言える事は、この小さな仔猫が生まれて半年のあいだに二度も別れを知り、家族が三度も変わったということだ。彼の中で人間というものを信じるには、永い時間と深い愛情が必要なことだろうと思っている。

昨日の朝、生まれて半年が過ぎたオス猫の去勢手術をするにあたり一晩、病院に預けることになった。前日の手術も無事に終わり、翌朝一番に迎えに行ったのだが目ツキが野良猫のように鋭く変わっていた。まるであの紋次郎とは思えないほどの豹変ぶりで、牙をむいて襲ってくるような様である。とうぜん紋次郎自体も、こちらのことに気がつかなかったのだろう。
また身勝手な人間どもに捨てられたと思ったのかもしれない。「人間なんて決して信じない」と決めていたのに信じてしまった自分を一晩中、病院の檻の中で悔やんでいた可能性はある。
あご下から首にかけて黄色い液体のシミが付着していたので病院の方に訪ねたところ、ストレスで何度か胃液をもどしていたことがわかった。
こんな両手のひらに乗るような小さな体で、押し寄せる不安と戦っていたのだろう。
しかし、君はよかったな。我が家の仲間は誰ひとりとして君を裏切ることがないのだから。
もう、君もわかっているだろう。


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コメント

自分を見つめる時間って大事ですね。happy01
そして、わんちゃんねこちゃんたちの見つめる目も。

紋次郎くん、調子もどりましたか?

(*'▽'*)わぁ♪本当ですね~!
紋次郎くんとハナ、似てますね。 白いソックスも一緒。
紋次郎くん、手術してきたんですね。ハナは暮れ頃かなぁ。。。

こんにちは。

紋次郎くん、すごく不安だったんでしょうね。。
一晩で帰って来られるなんて、分からないですもんね。
不安がなくなるまで、たっぷりの愛情で包んであげてくださいねconfident

こんにちは^^
紋次郎ちゃんとは本当に柄とか良く似てますよねー!

ハナはペットショップの恐らく売れ残りだった猫をそのショップのトリマーの方が自宅で面倒見つつ繁殖させているそのMIXの子猫なんです。
お父さんは白x黒のペルシャでお母さんはアメリカンショートへアのレッドタビーです。 そのショップには我が家の前の猫が亡くなった日に産まれた子猫が居て「あ!」と思って寄っていったら隣にお母さん猫からお乳を貰っている小さな鼻くそ模様の猫が・・・おまけに目があっちゃって^^;その日は値段も高かったし猫をお金払って買うつもりもなかったので帰ってきたのですが気になっちゃって何度かその後見に行ったんです。そしたら他の子たちは売れてったり売約済みになってるのにハナとその兄だけ残ってて、行く度に半額・半額って値下げされてて~。
で、次に行ってまだ居たらきっと縁があったんだ!ということになり~、ショップに行ったらまた値下げされて店奥のガラスのケージから店頭の誰でも触れるケージに移されており~^^;・・・で、我が家に来ることになったのです。
まだ体が小さいし写真ではわかりづらいのですが、アメショのグルグル縞縞模様がだいぶはっきりしてきましたよ~。

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