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2012年8月 1日 (水)

変節

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玄関先に植えた紫陽花(あじさい)が今年も花を咲かせた。
入梅に開花し雨に濡れながら少しずつ色を変え梅雨明けには花仕舞いしていく。けなげに色を失っても花びらを散らさずにいる紫陽花を見ていると何かにじっと耐えているように感じてしまう。

 ―5月―

春過ぎから近辺が騒がしい。ここへ引っ越してきたばかりの頃、「環状線が通る以前は、ここらいちめんが田んぼばっかりでなぁ、わしが最初にこの場所に家を建てたんだ‥」と、気さくに昔話をして笑っていたS氏がゴールデンウィーク中に亡くなられた。葬儀も終えた明くる日の夜、S氏宅の前を横切ったところ、何となくそこにいるような気を感じたので軽く最後の会釈をして通り過ぎる。今思えば朝早くからいつも門前にたたずんでいたS氏の残影が頭の片隅に浮かんでいただけなのかもしれない。暗い夜道だったからといって人がいう怖いという印象とはまったく違うものを感じていた。

帰宅するにあたって玄関の扉を開けると、いっせいに尾を振って嬉しそうに迎えてくれるオマケ軍団の姿に顔がほころんでしまう。外に出れば良いこともあるが嫌なこともある。昔は酒でまぎらわしたものだが、今は扉を開けるだけで気が楽になっている。

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 ―6月―

去年より両指の力が入らないと言っていた母を大学病院へと検査入院させたのが六月の中日あたりで、その間に三件隣のKu-soじじいも脳梗塞で緊急入院、高齢者とその家族が住む我が家の隣接は穏やかな環境のように思えていたが、不幸は意外にも相次いでいる。数日してまた救急車が近辺で止まった。運ばれたのはS氏の娘だった。数時間前に普通に話をした直後だったということもあり、急性心筋梗塞で意識不明だと耳にし愕然とする。

6月16日(土)くもり 気温28度

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我が家に紋次郞が来て今日で二年が経った。オマケ軍団は言葉を覚えたように鳴き声を変え話しかけてくる。「はなこ」は庭でスパイクと一緒に遊びほうけている。このところ外出することが多くなってから、紋次郞が側から離れなくなった。仔猫の頃から風呂もトイレも一緒に付いてまわる猫だったがあまりにも甘えてくるので、ある意味心配している。庭に放っても「はなこ」やスパイクとは違い私の足下からなかなか動こうとしない。あるていど外気に慣れてくればようやく遊びだしたりもするが、こちらの方ばかりを気にしている様子である。‥やはり同性愛か? 
まあ、何であれ乾杯。

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「ごはん」が欲しい時には「おにゃ~ん」と鳴く。忙しく手が離せない時など彼らの要求をつい無視してしまうが、ポンポンとやわらかな肉球で叩いてくる紋次郞の振る舞いに何時も遣られてしまう。何ともカワイイ風景と、遠目でヨダレを垂らしているスパイクのキモコワイ風景がいつも重なる。

6月28日(木)

二週間におよんだ母の検査入院も終わり退院に向けて主治医に、とある一室へと案内させられる。指のしびれ以外は必要以上に健康な母はストレスもしくは神経痛だとしか考えていなかっただろう。これまでも外科、内科と病院を数々と変えながら色々な診療をしてみたが、それといった診断はまったく下されなかったのだから、私自身も安易な考えしか浮かばなかったものだ。


(診断結果)

病名=『ALS』(筋萎縮性側索硬化症)と告げられる。

発病から心の臓が停止するまでにあたっての話が二十分足らずで説明された。
「この病気は約十万人に一人か二人の難病指定されているものです。おおよそ半年から一年ほどで物が食べれなくなり話せなくなります。まず寝たきりになることは覚悟して下さい。余命は早くて半年、おおよそ、二、三年ぐらいだと思ってかまいません。ただ人工呼吸器をつけない場合であって、装着すれば何年かは生き延びれます。しかし本人は話すことも出来ず全身も眼球も動かすことが出来なくなってしまうため、辛い思いをすることになります。この病気は麻痺してしまうというのではなく筋肉だけが減少していくので、普通に痛いとか痒いとかを感じられるのです。それを相手に意思表示することが出来ない苦しさが生じます。また介護も老人介護とは異なり想像以上に困難なものとなるでしょう。胃ろう、人工呼吸器については十分に話合って下さい。一度この呼吸器の選択をしてしまえば外すことは出来ません。それをしてしまうと殺人罪になってしまいます。装着率は7対3の割合で本人及び家族との話し合いで「延命治療」をしない方が多少多いのが現実です。ただしそのどちらを選択しても辛いことになるでしょう。やがて訪れる状況で人工呼吸器をつけないにしても本人は眠っている状態なので安らかなものです。またそれ以前に肺炎になってしまう可能性もおおいにありえますので、その辺も今後の通院の中で説明していこうと思っています。治療法は今のところまったくありません。ただ進行を遅らせるといわれる薬は飲ませようと考えています。これは高額なもので一粒4000円ほどします。それを一日朝晩二錠飲んでもらうことになります。最初に説明しておきますが、これを飲んだからといって進行がどれだけ遅らせるかと言えば人それぞれではありますが、たいした結果にまで至りません。ひとつの救いがあるとすれば、私がヤブ医者でこの診断に誤りがあったということだけでしょうか。そうであることを願うだけです」

本人を目の前に平然と説明を続けていく主治医に対し、ただ呆然と聞き入る素振りをしていただけの時間だった気がする。帰宅してからも他人事のような気分が抜けきれず、しばらくはドラマの世界に入り込んでしまったようなとても不思議な気分で過ごしていた。医師からのあまりにも突発的な発言に込み上げてきた怒りを感じる時もあった。そうかといって誰もが言いにくいことを最初に母に話してくれたことに感謝したりもした。もう他人事でない、病気に対しそれを理解しようとあらゆる調べごともした。お陰である程度、文面的なことはわかった。だが何も知っていないのだろう、現実がこれから降ってくるまで‥。


この歳になると『祝い事』よりも『うれい事』のほうが多くなってきた。人は喜びは共有できるが苦しみや悲しみは、その根のところで共有できないものだと思っている。それが親子であっても私は思うことしか思えず、出来ることしかしてやれない。

病名に対し、そして親と子に関しての昔日な思いや他とは比べようのない複雑な環境と感情が交わってのこともあり、今後これらに関しては他のブログ日記を立ち上げ書いていこうと思う。

 6月29日(金)

一時は危篤にまでなったS氏の娘が後遺症もなく無事に退院してきた。私とよく似た年代なのだが、とてもパワーがあり若々しく見える。フランスに永く移住しパリコレのデザイナーをしていたらしいが、なぜか今は犬のブリーダーをしている。独り身のまま一風変わった生き方をしていると思ったりもするが、それはお互い様なのかもしれない。
今にして思えばS氏が亡くなってから日に日に気が抜けたようにぼんやりとし痩せこけていった夫人が、今回の娘の生死によってしっかりしだしたのだから、見えない働きかけが何処ぞからあったのかもしれない。‥と勝手に思っている。

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 6月30日(土)

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小さな裏庭の塀の向こうに男松と女松が植えてある日本庭がある。二階の窓を開ければまるで我が家の庭のように見えてしまい、オマケ軍団はボロ家のつづき庭だと思い眺めている。門から屋敷までには少し距離があり、緩やかに曲がりくねった小幅の道筋から池に跨がる石橋を渉り玄関口へと向かう。一見風流でオシャレな造りだが、老人二人で住むには不自由が多いらしい。冬は積雪により池と橋の区別がつかなくなり、雨の日は滑りやすく危険なうえ庭の手入れに金が掛かりすぎるという愚痴を何十回と聞かされたものである。昔はどこぞ高校の校長先生だったようで屋敷内の所々にワケワカメ本がギッシリと積み上げてある。それが去年の夏辺りからアルツハイマーになってしまい今のところ本人がワケワカメになっている。私の父もアルツになっていったが、周りが思うほど本人は不幸せでもなさそうだ。

ここの夫人の話を聞いていると自然に町内の知らない事情が得られた。今年の豪雪時期は一緒に雪掻きをしながら、春には朝夕と庭に水をまいている時間帯にここら住民の性格や秘話まで教えられた。一年を通しほぼ毎日のように話し相手にもなっていた夫人が、夜遅く他界したと聞かされたのは翌朝のことだった。晩年七十六歳、いつの間に入院していたのかも知らず夫人の本当の年齢も知らなかった。何でも話してくれた夫人だと思っていたが、言わなかったことがひとつふたつとあったということだ。そう言えば母も七十を過ぎたというのに年齢をごまかしたりしていた。ひとつふたつ、さばを読んだからといって何がかわるのだろうか、と思ってしまう。


当夜は日本酒を呑む。別に感傷的になっているのではないが、いささか苦い味がする。しかし勢いがつくと呑みすぎて記憶が飛んでいる。だから本当に苦く感じたかは定かでない。ここが自分のいい加減なところなのだが、かようなだらしのないところが自身の酒の長所だと思っている。
完璧にいようとしたばかりに思うようにならないことにすぐ腹を立てていた若い時代よりよほど生きやすい。


 7月31日(火) ―猛暑日―

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梅雨明けぐらいからだったか、いつものように「はなこ」がこちらへ寄り添ってくると紋次郞が嫉妬するようになった。毎朝きまったように「はなこ」はピンクの猫じゃらしを銜え目の前に来てはポトリと口から落とす。それを辺にポイと投げると、まるで犬のように銜え運んでくる。猫にしては奇妙な行動をするものだと階段下にまで放ってみたことがあったが、いつも以上に楽しげに、また自慢げに口に銜え目の前にまで運んでくる。夕方になれば決まってキーボードの上に猫座りをかまし、その真下にはピンクの猫じゃらしがちゃんと置かれている。余計なことはせず遊べと言わんばかりの態度だ。それが「はなこ」とのふざけた時間だった。いつも高台から遊び姿を眺めているだけだった紋次郞が明らかに邪魔をするようになった。それでも「はなこ」が甘えようとすると追い遣られそうになる。そんな状況が何度も続いたうちに、紋次郞の気づかない時にだけ寄り添うようになった。それにしても真夜中にそげな荒技で甘えなくても良かと思うのだが‥。 今朝の髪型はなかなかイマイチだぞっ。


Kedu


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履歴書(自分史)」カテゴリの記事

コメント

楽しく拝見させて頂きましたsign01 私も齢50に近くなり他人から見れば勝手気ままな人生だと
思われているのでしょう。子供が居る訳でもなく・両親はとうの昔に他界・家族も無く…
有る物は現在の建物の借金程度(笑) 若かりし頃には物を持つ事に憧れたものの、コノ年になると
身軽になることを考えます。 私の家には一匹のcatが居ますが、現在は別々に暮す当時の家内が
結婚と同時に連れて来たものですから…オマケには間違いないと思いますが、彼女が暮す場所は
ペット禁止なるものゆえ未だに我家の鍵は預けてある始末。何事も中途半端に終わりそうな感じがする
昨今です。 楽しみにしております。またお邪魔致します

こんにちは~! お久しぶりです~!
おまけ軍団の元気そうな様子を見て、安心しました。

いろいろ大変な事がお有りだったのですね~!
病名を告げられたお母様、その後どう過ごして居られますか~?
私共夫婦と同年輩と察しられ、いつなんどき、何が起きてもおかしくない年齢となり、他人事とは思えない気持ちです。

ろんさんが、これから立ち向かう現実に頭がさがります。

もう 更新はないのかと思っていました。
軍団のみんな、元気そうで何よりです。
 

 
途中まで拝見させていただいて、お母様の両手のしびれ・・・もしかしてと思いましたが・・・
誤診であることを願うばかりです。
 
これからが大変です。
しっかりと看てあげてください。
しかし、高価な薬があるものです。
私の母のときにはそんな情報はありませんでした。
日々、医療が進歩しているということですね。
この病気の解明も急がれます。
 

お久しぶりです! お元気だったのですね。 
ブログの更新を見て安心しました。
でも、ご両親のことで心を痛められているのですね。
我が家も、夫の母と暮らしたことが昨日のことのように思います。
今考えると、レオ君にずいぶん慰められました。
おまけ軍団も元気そう^-^ かわいいですねwink

お久しぶりです。
なかなか更新されないブログが何故か気がかりでした。
そこそこ長く生きていると、いろんなことが身辺に起きます。
   
私は丁度、5年前に24年間脳内出血で病んだ母を送りました。
私が25歳の時に母58歳で倒れました・・・(今の年齢がバレバレ(>_<))
最初の15年間は車椅子でしたが、再発した後の10年間は
全身麻痺の為、胃瘻処置をして寝たきりでした。
喋ることも、食べることも出来ずの10年間・・・
『延命』というテーマに多くの自問自答をしていました。

当初、私の嫁ぎ先の諸々や、産後間もなかったので
母を特別老後養護施設で看ていただくことに・・・施設が私の実家になりました。 
複雑な想いの中、長い四半世紀は終わりました。
そして、一口では説明できない人生、母の最期とともに私はシングルへ(^_^;)
生きて行くっていろんなことがあるんですね~
     
でも、いつも思います、順番通りだったんだからこれで良し!
ある程度悔いなく看たんだからこれで良し!
順番違ったら、それはそれで困るし・・・・

これからいろいろなものを直視しなくちゃならなかったり、
目を背けたくなったりすこともあるかと思いますが
『親孝行ができる』って思って頑張ってください。

倒れたときの母の年齢に近づくにつれ
人生は何が起きるか分からないから、楽しめる時は楽しも~!!っと                 
生意気なコメントですみませんm(__)m、これからも応援してますヽ(^o^)丿

お久しぶりです。
しかし、内容に唖然としました…
お母様のくだりでは、え〜〜〜っと、本当に声を出して
叫んでしまいました…
医者の最後の捨て台詞とでも言いましょうか、
僕が藪であればうんぬん…読んでる私が不快になりました
なんだ、こいつ…と
私の両親も70を超えていまが、元気にしていることに
感謝です…
おまけ軍団がきっと、重たくなりそな気持ちに笑で
晴れやかにしてくれるのでしょうねさ
まだまだ、暑い日が続きますあ
おまけ軍団含め、どうかお体、ご自愛下さい(#^.^#)

ろんさん!!お待ちしておりましたぁhappy02
おまけ軍団もおかわりなくぅheart04相も変らぬかわゆらしさ~

お母様のこと、憂愁の色濃きことになってしまいましたね
ただ、静かに穏やかに、お迎えが来るまでお過ごしになることを祈るばかりです
ろんさんへの負担も心配です。
一緒に悩んだり苦労を分かち合うご兄弟や親せきはおいでだとよいのですが…

おまけ軍団、元気で何よりです。
でも、お母様の『ALS』・・・実は今月、私の知り合いの女性もALSを去年の1月に発症したと告げられました。ショックでした。最初は手のしびれから、今は手と足の麻痺が来ています。まだ話ができる今に会いたいと言われあってきました。彼女は47歳、ご主人、大学生の息子さんが二人います。去年に診断されてから、1年と7ヶ月、家族で旅行に行ったり思い出を作ったと言ってました。そしていずれ声が出せなくなる時のために、声を録音しているそうです。彼女は看護士・・・だからよくわかっていて、8月には、胃瘻、人工呼吸器を付けることになるかもしれないと言ってました。その選択をしないと死ぬことなると・・・。本人も大変ですが、ろんさんもこれからサポート大変だと思いますが、前を向いて頑張ってくださいね。。。。。応援しています。

おひさしぶりです。
ろんさんや軍団はいつも通りな様子。
仲良しな軍団の姿に癒されますね。

お母様のご病気、その後はいかがでしょうか?
年齢を重ねると自分を始め親やまわりの健康のことが1番の心配事になっていきますね。
難しい病気はなおのこと大変だとおもいます。
暑さも厳しい季節、体調を崩されないようおすごしくださいね。

お久しぶりです。
おまけ軍団も元気そうですね。
お母様の御病気・・・これからが大変と思いますが、ろんさんも無理をして体を壊さないように看病された方が・・・と思います。

ろんさんもオマケさんたちも、、、  お元気だったのですね。  諦めかけていたんです。
母上の事、心が痛みます。 でもろんさんが傍に居て差し上げる事がどんなに心強いことでしょう。
自分の事のようにホッとしています。  頼りにしていらっしゃるでしょうね。よくわかります。

こんにちは
 身近な人がいつかは遠く離れていってしまうことがわかっていても
現実に近づいてくるのを感じると辛いですね。
本当に現実になり大変な日々に放り込まれる前に、
お気持ちをしっかり一つになさるように考えてくださったお医者様はさすがです。
毎日暑いですが、どうかお体にお気をつけてお過ごしください。

それにしても、そういうことがあると周りにそういう話が立て続きますね。
ただ、目立つように感じているだけなのか、 それとも 大きな引き潮がやってくるのか
ちょっと考えてしまいました。

お久しぶりです。
多分、私もロンさんと同世代あたりか、ちょっと上かな、と思いますが…。
先月30日に父が他界し、実家へ1週間戻っていて数日前に帰って来たところです。
本当に、年を重ねるにつれ、憂いごとの方が増えて来ますね。
親族が集まるのも、仏事ばかりになってきましたsweat02
母も認知症が始まっていて、親の老い、介護は待ったなしです。

これから始まるお母様の介護、心身共にお辛いこともあるでしょう。
ただ、ロンさんご自身が倒れてしまわれては元も子もありませんので、誰かに頼れるところは頼り、息抜きもしっかりされながら、寄り添っていかれて下さい。
オマケ軍団はきっと、ますます支えになってくれることと思います。

うちの猫らは、4月に3才の若さできなこが急死し、本当に悲しくて、自責の念にさいなまれました。
そのわずか20日余りあとに、マンション内でさまよう子猫を保護し、うちで引き取ったため、またcat3匹と暮らしています。
でも、まだ他の2匹とはうまく関係を作れていませんweep
いつか、紋ちゃんとハナちゃんみたいな、仲良しショットを見せてくれることを願う毎日です。

今年の夏も暑くなっていますので、お体大切にclover

ろんさん、ご無沙汰しております!

お母様のお話、呆然としながら拝読しました…。
長い間にそんな事になっておられたのですね…。

私の夫も、数こそそう少なくはないものの、国の難病指定の病気にかかっています。
国からの補助金が出るので助かっていますが、これがもし切り捨てられる日が来るとしたら、とてもじゃありませんが、治療なんてできなくなってしまいます。(涙)
ただ、医療自体はまさに日進月歩ですね。
夫の話ばかりで恐縮ですが、最近日本で認可されたばかりの薬の効き目のおかげで、大学病院での長い入院生活から脱して、今は元気に働けるまでに回復しました。

ALSという病の新薬や新しい治療法が、早く発明され認可されますように。
数年もあれば、状況が変わる可能性がありますからね。

ろんさんも、どうぞご自愛なさって、ご無理なさいませんようにお過ごし下さい。

ろんさん、お久しぶりです。
誰にでも起こる可能性がある・・・と心に言い聞かせていたとしても、
現実に起こると どう受け入れたらいいのか・・心が苦しいですね。
お母様はろんさんが居てくれて心の支えになりますね。
ろんさんも無理をし過ぎずに、身体大切に。
おまけ軍団に沢山癒されてパワーをもらってくださいね。

長く生きていると色々な事が起きてきますね。
お母様もさぞ辛い事だと思います。
ろんさんもこれから大変だと思いますが、たまには息抜きしながら
オマケ軍団に助けてもらい、ご自愛なさって下さいね。

ろんさん。

どうなさっておいでかと案じていました。
穏やかに暮らすことだけ望んでいるのに、月日が経つうちには
多くの憂い、悲しみを伴うものだと、あらためて切なく心が痛みます。
お母様の病状の進行が遅れてくれますよう、診断が異なっていますよう
ただただ願うばかりです。
可愛い軍団のみなさんが、ろんさんの心を明るくしてくれること
願っています。
ろんさんご自身も、お身体、ご自愛なさってくださいね。

ろんさん
長い間、更新されていなかった理由を今回初めて知る事ができました。
医者はいつも冷静でまるで作文を読んでいるかの様に、そしてそういう状況をたくさん経験してきたからこそ、淡々と必要な事を告げます。その時の本人の気持ちとか家族の気持ちとか手に取る様にわかっていても。
先の事より、今の一日をどうぞ大切になさってください。
月日の流れの中で、心模様はどんどん変わっていくかもしれませんが、親子だから感じられる人の一生をろんさんの目線で書いてください。

ろんさん、はじめまして。
少し前に検索で出てきた猫漫画に惹かれ、
ブログに来たのが始まりでした。
オマケ軍団との生活が微笑ましくて、
全部、読んでしまいました。
ただ、私が読み始めた時には、
すでにブログの更新が止まっていて残念に思っていました。
まさか、こんな大変な理由で止まっていたとは…

これから、色々と辛い事も多いとは思いますが、
くれぐれもご自愛くださいませ。


お久しぶりです。
更新がなかったのでどうしてらっしゃるのかなーと
気にかけておりました。

お母様のこと、非常に心配ですね。
少しでもお母様の病気の進行がゆっくりでありますように祈るばかりです。

オマケ軍団たちの変わらぬ愛らしい様子、癒されますね。
紋ちゃんのピッタリっぷりはきっとろんさんの心中を察して、
そばについていてあげたいって思いなんだと思います。

これから色々と大変になるでしょうし、心労も増えていくかと思いますが
オマケ軍団の癒しを支えに、ご自愛ください。

半年振りに、、、  ホッと致しました。  白いアジサイを見てはどうかなさったかと!
 

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