カテゴリー「妻味(tumami)」の記事

2013年4月30日 (火)

回想

4月11日(木)

Photo_8


春の朝のささやかな寒気は嫌いではない。朝はいつも縁側で寝起きのタバコを一本吸いコーヒーを飲むのが日課になっている。オマケ軍団が来てからというもの屋内でタバコを吸うことがなくなった。おかげで部屋はヤニ臭くもなく火の気の心配も減ったが、冬場は妙に惨めに思えたりするのである。我が家の中庭には小鳥が入り込んでくることがよくあり、今朝も一羽の小鳥が庭石の上にいるのを見かけた。なんという鳥か目をこらせば見分けられたのかもしれないが、老眼まじりのオヤジにそこまでする視力も好奇心もない。仔猫だった紋次郞が我が家に来たばかりの頃、庭に放って遊ばせていると塀の上から二羽のカラスが目を光らせていたことをふと思いだす。あの時のカラスは間違いなく小さな仔猫を標的にしていたに違いない。幸いにもスパイクが紋次郞のそばから離れずにいてくれたので案ずることもなかったが、内心ヒヤヒヤしていたのが本音である。この時のスパイクはとても頼もしく利口な番犬に思えたりもしたが、『この時だけ』の偶然であった。今思うとあれは最初で最後の奇跡、もしくはまぼろしでしかない。


Photo_2


――夕方から金澤まで足を運んだ。ひとりで電車に乗るなんて何年ぶりだろう? むかし何ひとつ言えないまま別れとなってしまった幼なじみと、地元の安いホルモン屋で逢う約束をしていた。幼年期を過ごしたアパートの向かいにあった小さな店だった。子供の視線から大人へとなったことで、ところどころの景色やそばにあった脇道が思っていた記憶より狭く小さなものに見えたことに多少の戸惑いはあったにせよ、何かが変わっていたということはなかった。違っていたことといえば住んでいた木造アパートが取り壊されていたのと、ワンパク坊主がオッサンの顔に変身していたことぐらいである。
小学2年になりクラス替えをしたばかりの春に県外へ転校した。前日までそんなことも知らず自身の耳に入ったのも当日の職員室でのこと、その数時間後には知らない土地へと向かうトラックの荷台の中で荷物と一緒にうずくまっていた。あれから30年、いや40年近くになるか‥。


ホルモン屋ののれんを潜ると座敷に座った。やはり日本人なのか座敷で飲むとうちとけるのが早い。四十数年も生きていればそれぞれに何らかの苦労話もあっただろうが、そんなことはどうでもよかった。すでに気持ちはあの時代、あの頃の少年へとタイムスリップし思い出話のみに花が咲いていった。もう忘れられているのだろうと思っていた自身の存在を事細かに記憶していてくれたことに胸を打たれると同時に、今さらながら素直になれる居場所を見つけられたことにうれしさを感じていた。


Photo_9

オマケ軍団がボロ家で待っていることもあり時間は限られていた。時間の流れは思う以上にはやく過ぎ、時計の針もいつのまにか10時をまわっていた。「そろそろか」と、帰る電車の時刻を気にしながら名残惜しむように店を後にする。数分歩けば町駅があった。その間の帰路はまわりの景色を見ることもなく地面ばかり見て歩いた。帰りの電車のなか、ぼんやりと窓に目をやった。暗闇を吸ったガラスは鏡となり自身の姿を映し出している。引っ越し、転校を繰り返してばかりの少年期を送っていた。心の中から否応なしに湧いてくる感情に振り回され、意思とは別に生まれてしまった心の傷がいくつも植えつけられていく瞬間を経験してきた。もっと早くに故郷へ行っていれば良かったのかもしれないが、それはどうも、若い時代において面汚しの行為をさまざましてきたせいか、人というものを信じれず生きた時代がながく、思うように出来なかったのである。そんなトラウマになっていた欠片のひとつが今日の出逢いで薄れていったのを実感していた。

帰宅すると軍団の影が玄関扉のスキガラスがら浮かび上がっていた。闇の中にひっそりとうずくまりながら待ちぼうけていたオマケ軍団のことを考えると、ただただ抱きしめてやりたくなった。冷えた体を抱けば肌に触れる毛の1本1本から迎えられている情感が広がっていく。何となく歳を喰ったせいか感情が高ぶりやすくなってきているのか、妙に今日は胸が熱くなる1日だったようである。番犬にはほど遠い先住犬と重力を無視した猫の動きに癒やされながら、この後、オマケ軍団と二次会をはじめた‥。

Photo_13


人気ブログランキングへ
  にほんブログ村 猫ブログ 子猫へ
にほんブログ村

2011年2月10日 (木)

小春日

2月5日(土)曇り時々雨 

朝はオマケ軍団に起こされることから始まる。ほぼ決まった時刻に不思議にも顔を踏んでくれる。野性的本能で目覚める彼らと、それに従う中年。決してすがすがしい気分で朝を迎えてはいない。
暖かな時期ならまだしも寒い冬に彼らの要求を飲むには命がけの覚悟がいる。しばらく布団をかぶり寝たふりなどしてみたりもするが猫パンチと鼻パンチが即、飛び交う。要するにそんな朝事情な我が家である。

Photo_8

このところ、ちょいとばかし生意気盛りな紋次郎。すこしシメたろか?


2月6日(日)晴れ時々曇り。気温10.7度


朝、目が覚めると散歩に出かけ、いつものようにエサをやり、やらねばならぬ家事を終え、腹が減れば飯を喰い、夕暮れ時に晩酌に明け暮れる。たっぷりとあるような時間もいつの間にか過ぎている。
挑戦意識が強かった頃に嫌っていた生き方を今になり自らがそうしているようだ。

Photo_7

「そもそも生きるってこうなんだよなぁ」なんてつぶやきながら‥。今日の晩酌。
さすが春も近づけば、頭の中もポカポカしてるみたい。

2月8日(火)晴れ時々曇り。

今日も日中は暖かい。暖かいと言っても外で何かするほどの気温でもない。
冬場はパソコンの前に座り込み、そこに浮かび上がる文字をじっくり読みあさることが多くなる。
今年は少しずつボロ屋の二階をリフォームしていく予定である。むろん金も無いので自己流でするしかないわけだが‥。
とりあえずパソコン棚といえばよいのか書斎と言いきっても構わないのか、さわさわとオマケ軍団に邪魔されながらも完了。

Photo_6

Photo_9

お疲れ様、じぶん‥。


2月10日(水)雨

雨とはいえ暖かい日が続いている。大量に降っていた雪も今のところ止んではいるが、また明日になれば降りだすかもしれない。油断は出来ないまだ二月上旬。

スケジュールも無いようなオトコだ。雪も止み急に除雪作業も無くなれば、おのずとオマケ軍団と過ごす時間が増えるだけのことである。
紋次郎とはなこって昼間もべったりしてんだなぁ。

Photo_2

Photo_3

Photo_4


人気ブログランキングへ
  にほんブログ村 猫ブログ 子猫へ
にほんブログ村

                                             

2011年1月24日 (月)

滋味

1月24日(月)曇りのち雨、少しばかりの粉雪。

今日は休息日なのか、珍しくも軍団が静かに過ごしている。日常的には当たり前だとばかり思っていた運動会と馬車馬競争の後始末も無く、そういう意味では暇なわけではないが退屈な日となる。

朝の散歩に充実したスパイクはコタツの中で丸くなり、はなこも丸く納まっている。

Hukuro

紋次郎といえば‥?

Photo

Photo_2

理解できない。

Photo_3

先日の晩酌に続いて今夜は鱈子の煮付けと白子酢で軽く一杯。冬の珍味が自然とテーブルに並ぶこの時期は、呑んべぇにふさわしい季節になる。


2010

真冬の贅沢は家族の絆あってのこと。少しだけ味わい、そうそうに帰宅。現実に引き戻されながらも我が家にて二次会。呑んできたのバレてんのかなぁ。

Dsc_0471


人気ブログランキングへ

2005年10月 6日 (木)

うさを忘れる

うさを忘れるのは酒 【意味】ままにならない世の中の憂さ、つらさを一時忘れさせてくれるのが酒というものの効能である。
F

死別の悲しみ失恋の痛手など、ほかにも歳を重ねれば少なからず別れを惜しむことが増えてくるのも仕方がないことなのだろう。それらを酔いによって、ひと時でも忘れ去れるなら酒が存在する意義は充分なものである。仲間から「飲もうか!」と声をかけられたとき、「ありがたい」と感じるように成ったのも別れに弱い自身の性格を素直に受け入れられるように成ってきたからなのかもしれない。性格は変わらないにしても気持ちの受け取り方が少しづつ変わってきているように思える。仲間に「ありがとう」と感じながら酒が飲めることに感謝している夜な夜なのヨレヨレ状態である。
Photo_5 

Photo_6


「酒一杯にして人酒を飲み、酒二杯にして酒酒を飲み、酒三杯にして酒人を飲む」

【意味】盃を重ねるに連れ、だんだん人が酒に飲まれておのれを失っていくという過程をいう。酒もいいが、ほどほどにしておかないと後悔することになる、という教訓らしい。

たとえ今この言葉を肝に銘じたとしても、明日になれば書いたこと自体きっと記憶にはないだろう。そして赤面する出来事は前夜に必ずと言っていいほど残されているものだ。